【資本主義という呪い】人生を変える本『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』

どうも、しんのすけです。

今日は『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』という小説を読み、衝撃を受けたので書評を書こうと思います。

ネタバレというか、本の内容やあらすじを書くので知りたくない人は閉じてくださいね。

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まず、この本は特別な”オチ”というものがありませんでした。

途中はみてて「つまんないなー」と思っていたんですが、それでも確実に人生に影響を与える一冊だったので紹介します。

あらすじ

主人公のエリオット・ローズウォーターさんは、大金持ちの家に生まれ、毎日なにもしなくても1日1,000ドル近くのお金がはいってくるいわゆる『億万長者』。奥さんもめちゃくちゃ美人。

しかし、ローズウォーターさんは何もしてないのに不自由なく暮らせる自分と、毎日労働しても一向に貧乏から抜け出せない人たちとの違いに悩みはじめます。

「なんでこんなに貧富の差があるんだろう」ということに疑問を持った。

一部の大金持ちだけが、金の湧く湖を知っており、それをお金持ちの間だけで共有している。

そのため、金持ちはより金持ちに。貧乏人はより貧乏になっていく。

金持ち側であるローズウォーターさんは、親やその周囲のコネによって「YES(はい、そうします)」といえば、一般の人が一生かかっても手に入れることができない地位や金を手に入れることができる。

10世代後まで食うのに困らない資産を作ることも夢ではない。

この理不尽な仕組みを知ったウォーターローズさんは、自分の育った街で「ローズウォーター財団」を作り、助けを求める恵まれない人たちを助けることに人生を費やすことを決める。

ローズウォーターさんの奇行

「金持ちが、貧乏人を助ける。」

なんかこれだけだと普通であり、いい人だなーで終わるんですが、この小説の面白いところは主人公がちょっとヘンなところです。

ローズウォーターさんのところに電話をかけてくる人は、「あんた、貧乏人にお金を配ってるんだって?じゃあ100万ドルくれなきゃ明日死ぬと言ったらくれるのか?」と言ってくるような人間もいる。

ローズウォーターさんはそいつにこう返答する「100万ドルなきゃ死ぬ?僕なら”さっさと死ね”というね。」

「1,000ドル」

「さっさと死ね」

「100ドルだ!」

「やっとまともに話ができるようになったな。じゃあ事務所にきてくれ。」

ローズウォーターさんはただの心優しい人かと思いきや、実は困っている人にまったく興味がない

たとえば、身よりがなく、寂しくてローズウォーターさんの元に何度も電話をかけてくるお婆さんがいる。

お婆さんは「ローズウォーターさんは私のたった一人の友達であり、夫であり、政府であり、神です!」というほど、ローズウォーターさんに感謝している。

なのに、ローズウォーターさんはそのお婆さんの名前すら覚えていない。

ローズウォーターさんは毎日毎日、掛かってくる電話に対応しながら、お酒を飲んでいる。その奇行から、周りからは酒で人生狂った「キチ●イ」と呼ばれている。

そんなローズウォーターさんを父親は「せっかく我々が稼いだ金を無価値な人間に金をばらまいてどうなる!!」と酷く軽蔑し、息子を精神的な病いだという。

ついには近くで支えていた妻も、元の裕福な生活が恋しくなり、耐えらずに離婚してしまう。

「すまんな、君みたいな何一つ欠点のない人間だ。唯一欠点があるとすると、あのバカ息子と結婚してしまったことだ」とローズウォーターさんの父親が同情すると、ローズウォーターさんの元妻は泣きながらこういう。

「…彼は精神病なんかではないです。どうかしているのは私たちの方です!彼の行いは絶対に正しい!!我々が彼を罵倒する権利はありません!!!」

…ここら辺から、この本を読んでいる人たちは「???」となるんですよね。

ローズウォーターさんの原動力は?

物語に登場するローズウォーターさんを頼ってくる人は、「無価値な人間」であり、お金を配ってもその人たちの人生が変わるわけでありません。

それどころか、金をもらい、愛情をもらっても足りずに、騙し、罵り、裏切る。

「お前がどんなに尽くそうと、奴らはお金をくれなくなった途端お前の悪い噂を流し、罵り、いつもの生活に戻る。そんな人間のクズにお金を配って何の解決になるんだ!?」

ローズウォーターさんの父親は物語中、一貫してローズウォーターさんの慈善事業にみえる行動の無意味さを主張します。

物語を読んでいるとき、僕ら読者はキャラクターの心情を読み取ろうとしますよね。

僕らはこの父親の「無価値な人間は助ける意味はないのではないか」という心情もわかるだろうし、ローズウォーターさんの「困っている人は助けるべき」というおこないの原動力もわかる。

だからこそ、ローズウォーターさんがなぜそんな慈善事業をやっているのかが気になる。物語の結末を知りたくなる。裏を読みたくなる。

しかし、そこで読者が気づかされるのは、登場人物の行動原理ではなく「なぜローズウォーターさんはこのようなことをしているんだろう?」と問いかけている“自分自身の思考”なんですね。

頭がおかしくなっているのはどちらなのか?

つまり、『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』は認識論の話です。

父親や周りの人たちは、無価値な人間にお金を配り無駄なことをするローズウォーターさんを「頭がおかしい。精神病だ。」という。

しかし、ローズウォーターさんがやっていることは、自分が持っていて尚且つ余っているモノ、与えられるモノ(お金や愛情など)を、持っていない人や必要としている人に配っているだけ。

たとえば、あなたが食べきれないほどのパンを持っていたとしましょう。そのとき、目の前にお腹が空いて死にそうになっている人がいたとします。

目の前の人にパンを余っているパンのうち、数個をその人あげた。

そうすると、パンをもらった人からは「あなたは神さまです!」などと言われ、それを見ている人からは「あいつは偽善者だ。頭がおかしい。」と言われた。

もはや、それをどうこういうことが、何かがおかしいのではないか?

ローズウォーターさんの父親や、助けてもらった無価値な人々は完全に資本主義というメガネをかけて息子を見ているため、息子の行動が歪んで見える。

ローズウォーターさんの妻は「どうかしているのは私たちの方です!彼の行いは絶対に正しい!!」と叫んだ。

その理由は、すでに持っているのにそれ以上を欲しがってしまう自分。

他人を助けることよりも、自分たちが今よりさらに良い生活を送ることを望んでしまうこと。

見返りがなければ助ける価値はない、努力しない奴は価値がないと判断してしまうこと。

そして、それをわかっているのに、資本主義という魅力に取り憑かれてしまっている自分への叫びだったということです。

ローズウォーターさんは、ただ、自分の余っているものを、必要としている人に配っているだけなのです。

本を読んだ感想

現代に生きる僕らはたぶん満たされている。生きるために必要なものは揃っている。

それなのに、なぜか今を犠牲にして「将来のため」に生きている。

中には困らないほどの貯金があっても「万が一のため」と増やす人もいれば、「子供のため」とまだ自分の子孫のためのお金まで作ろうとする人までいる。

そして、それができない奴には”落ちこぼれ”、”負け組”、”努力不足”、”自己責任”というレッテルを貼り、心の中で見放す。

人を助ける人やボランティアに参加する人を「偽善者」、「優しい人」とレッテルを貼りジャッジを下す。

この本は1982年の本ですが、資本主義社会の末路を書いたような作品です。

シンプルな『親切』という行為さえも、「自分にとって有益か?無益か?」で計ってしまう。

その思考に気づき、自分自身にゾッとする。そんな作品でした。

ぶっちゃけ、僕はまだまだローズウォーターさんのようには成りきれない。

でも、お金の使い方を考えたり、ビジネスの方向性を考える強烈な影響を受けたことは間違いありません。

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気になった方は是非一読してみてください。

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